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ISEKAI(伊勢流陰陽五行学)連載記事

「傘」の魔法

「傘」の魔法

あれは、1970年頃のことだったと思う。ある日の午後、私は日本橋丸善で立ち読みをした後、外へ出ると急に雨が降ってきたのだ。通り雨だ。外出の時はどんなに晴れた日でも必ず傘を持つのが癖であった私は、「ほ~ら見ろ、やっぱりいざという時がくるもんだ」 と得意気な気持ちで悠々とその傘を開いた。


玄関を出て、数歩あるいた時、目の前にタクシーが止まり、背広上下の60歳くらいの紳士が下りた。突然の雨で困った様子がやたら目に留まり「あ、どうぞ傘にお入りください。 会社までお送りしますよ、暇ですから」「そうですか、ではお言葉に甘えさせてもらいますね」二人は雨の中を相合い傘で八重洲近くのビルの入り口まで歩いた。「ここでいいです」「あ、そうですか、じゃあ失礼します」と帰ろうとすると紳士は「ちょっと、待って、 あなたの名刺をくださらないか。」「え、あ、はい」「君、どんな仕事してるの?」「いやあ小さな照明器具の会社をやってるんですよ」「ちかぢか遊びにいきますよ」で別れた。


一週間後、その紳士がやってきた。会社といっても、マンションの一室の1LDK,の部屋でアルバイト二人と私がいるだけの、資本金100万円のオモチャのような事務所だった。 「やあ、先日は大変ありがとう。助かりました。そうかあ、こんな風に仕事をしてるのかね」「お恥ずかしいですが、チョロチョロっとやってます」名刺を頂戴した。「貫田稔」と書いてあった。「帰り際、そうそう、私の弟が大洋商船(大洋漁業の子会社)で常務をやっています。幡部といいます。連絡しておきますから、明日にでも訪ねてください」「は、 はい、ありがとございます」


丸の内にあるビルに常務の幡部さんを訪ねた。「幡部です。兄が大変お世話になったそうで、ありがとうございます」幡部耕三と書いた名刺を受け取った。「いえ、たいしたことしてないです」(だって、ただ傘に入れてあげただけじゃないか)「あそうそう、私の友人が何かビルを建てているらしい。電話をしておきますから、今から行っbr<てください・佐々木真太郎という人です。田町です」(あれまあ、長者番付日本一の大金持ちじゃないの)「はい、では今から伺います。失礼します」


田町駅ちかくにある「新日本観光株式会社」に着いた。玄関を入ると目の前に佐々木真太郎(糸山英太郎の父)さんが座っていた。雑然としていて、いかにも日本一という見栄っ張りの感じが全くないのだ。「私、こういうものです。幡部さんからのご紹介でお伺いしました」と名刺を差し出した。「ああ、君ね、幡部君から聞いています。いま、ちょうどね義弟の笹川良一が日本船舶振興会ビルを田町駅側に作っているんです。その設計担当者が隣のビルに居るから、今からすぐその人に会いなさい。連絡しておくから」「はい、では失礼します」(なんとなく、この動きの意味がわかりかけてきた。なんかいいことがあるかもな)


一級建築士の井上さんが笑顔で迎えてくれた。「あなたが佐々木sんご推薦の照明器具会社の方ですね」「はい、こういう者です」「もうほぼビルは完成していますが、どうも照明効果が物足りないんです。最上階の応接室の大シャンデリア一台と壁面ブラケット、あと廊下のダウンライトが必要なんです。ほとんどは松下電工さんに依頼してありますが、この重要な部分をあたなにお願いします」「あ、ありがとうございます。早速やらせていただきます。感謝します」


このような流れで、なんと私はアッという間に総額5千万円の商売ができたのです。あの出来事、「ただ傘に入れてあげただけ」のことがこんな展開を呼ぶことになるなんて普通考えられない。傘を入れてあげた「貫田 稔」さんはなんと佐藤栄作元総理大臣の元筆頭秘書だった人なのだ。そしてその弟さんが日本一のお金持ちの佐々木真太郎さんの親友、その佐々木さんの義弟が笹川良一・日本船舶振興会会長だったのだ。たった電話一本で、しかもたった一日で、こんな大注文につながるとは不思議なものだ。あの笠の魔法は恐るべき力なのだ。


「貫田さん、このたびはほんとにありがとうございました。まさかこんなことになるとは思いませんでした。この御恩は決して忘れることはできません。それでお礼はどうしたらよいでしょうか」「あ、それは弟の幡部に渡してください」「はい、ではそうさせていただきます」「次はね、赤羽橋に曹洞宗がSOTOビルというのを作って、ホテルを営業するらしい。君のことは土部という人間に頼んであるから、すぐにそこに行ってください」


またまた、あの傘が大注文につなげてくれたのだった。私と貫田さんのおつきあいは、それから10年続いた。そして貫田さんは他界されていった。それにしても、関東の大きなビジネスというのは、レベルの高い人同士のたった一本の電話で決まるのだね。細かい見積書、契約書なんてものは不要なんだ。お互いの信用力だけで成立するのだ、ということが良く判った。


ほんの些細な無欲の親切、「傘に入れた」だけのことがすごい世界を見せてくれ、しかも私に幸運をもたらすなんて、不思議な傘だ、傘の魔法だ。どうして貫田さんは幡部さんに 「兄が大変お世話になったそうで」と言わせたのだろう。私の人生の一ページを飾る、大きな出来事だった、体験だった。


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